とりあえずかいてみよう

読書とか映画とか音楽のことを書きます。書かない日もあります。でも書こうと思ってます。

『最良の嘘の最後のひと言』

 限定された空間と、制限されたルール内で、超能力者たちがお互い策略を駆使し騙し合いに臨むコンゲームを描いた作品。誰もが設定の裏を突きながら目的を達成しようとするわけだが、後だしじゃんけん的な違和感はほとんど感じなかったのは、その設定が物語進行上、適正に単純化されているからだろう。

終盤は二転三転する展開と、その先の真相が予想できず、完全に騙された。細部まで考え込まれた仕掛けは見事だとは思うが、何処かに煙に巻かれた感があるのは、このタイプの小説を読みなれていない自分の責任か。再読すれば印象は変わるかもしれない。

初めて読む作者だったが、奇抜な設定ありきのタイプの作品にしてはなかなかにキャラの書き分けも達者で、よい意味で予想が裏切られた。大森望の解説(これがまた読者に予断を与えずになお、興味と関心を引く内容だった)に従い、いずれ他の作品も読んでみたい。

 

『紳士と猟犬』

紳士と猟犬(ハヤカワ・ミステリ文庫)

紳士と猟犬(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

英国東インド会社統治下のインドを舞台に、対照的な二人の男が機密任務遂行のため、亜大陸を横断する。一人は語り手のエイヴリー。単純だが正義感の強い若き軍人。もう一人のブレイクは、社から「探偵」として雇われた、何やら秘めた過去を持つ男だった。彼らの歩む旅路に、少しずつ陰謀の影が見えはじめ……。

インドの風土や文化の特徴が、エイヴリーのフィルターを通すことで場面場面で読者に様々な心情を呼び起こす。著者あとがきで述べられる、英国人がインド人に対して抱いた「優越性」の根拠の薄さは、日本人にも皮肉として通じるだろう。

一方で単純な文化相対主義に基づいて是認するには見逃しがたい当時の現地の風習も余すところなく描かれ、改めて異国文化の相互理解に横たわる難しさを感じさせてくれる。そうした丹念な描写の積み上げの中、全体を貫く事件の謎が歴史的事実とリンクして読者の前に姿を現す時、英国とインドの間に広がっていた断絶の深さが、まざまざと理解されるだろう。

その断絶をこうした形で示すテクニックには、どことなく山田風太郎を想起させるものがある。全体を収束させるための辻褄合わせから生じるニヒルさが、またその思いを深くする。歴史ミステリとしてはまさに絶妙の着地点であると言えるだろう。

さらにエイヴリーとブレイクのコンビ関係に的を絞っても、バディものとして非常に良くできた内容だ。性格設定こそはありがちなパターンにはまってはいるものの、インドの秘境が舞台となっていることが効果的に働き、両者のすれ違いや交流が見事に演出されている。ラストシーンでの二人の会話は、映像的な情景描写と淡々とした心理描写が功を奏し、この長大な物語(文庫で約560頁)の締めくくりとして実に相応しいものになっている。

 さらにさらにこの二人、見方によってはワトスンとホームズがロンドンではなくインドで出会っていれば、という風にも読めるし、それを意識した描写も多い(年齢設定の点では違いはあるけれど)。訳者あとがきによれば次回作はいっそう、ワトスンとホームズを想起させる設定となっているらしく、両コンビいずれにも魅せられた者としては、ぜひ続編翻訳刊行に期待を寄せたいところだ。

『ゴーストマン 時限紙幣』

ゴーストマン 時限紙幣 (文春文庫)

ゴーストマン 時限紙幣 (文春文庫)

 

 「ゴーストマン」とは裏世界での職掌のひとつで、最大の任務は「姿を消すこと」である。語り手の「私」はメーキャップや演技によって、それぞれまったく別個の人格に変貌を遂げるプロだった。そんな彼の過去を知る数少ない人物からの依頼で、「私」は48時間以内にカジノから強奪された120万ドルの紙幣を回収することになる。期限が来るとその紙幣は爆発するのだ……。

不思議な読後感。「私」の人物造形に魅力を感じないままの読書だったので、常に距離を置いての物語体験となった。結果として骨太なストーリーは客観的に楽しむことはできたが。

解説で杉江松恋は「私」について、その意識が常に「逃げのびる」という一点に集中する「機能美」の極みにあると指摘する。これは卓越した指摘で、「私」の目を通して語られる、微に入り細を穿つかのような犯罪遂行の描写が、どれだけ陰惨で暴力的なものであろうとも奇妙に無味乾燥しているのは、この「機能美」に由来するのだろう。そういう意味では、この独特な人物造形は確かに成功している。なればこそある場面での心理描写が強烈に印象に残ることにもなる。

一方で、起伏にかける展開がやや単調に感じられるのも事実だ。「裏世界」というコミュニティならではの約束事がご都合主義的に見えてきたりもする。その違和感もあり、最後まで集中して楽しめない読書につながった、というのが個人的な分析だ。そうした違和感の裏返しとなる物語構成の魅力は、杉江松恋の解説に語り尽されている。読み終えて改めて、その辺りの指摘にも得心がいくようになった。なかなかに「読書」の奥深さを感じさせてくれる一冊だった。

『人はなぜ物語を求めるのか』

著者いわく、自己啓発本嫌いの人のための自己啓発本である、という。読書中に生まれる感心や共感、反発などの感情は、折々で内省の機会を自分に与える。その作業すら、自分が納得できるためのストーリーを構成する作業なのだと自覚しつつも。

著者が言うように、人は認識する上で「物語」から抜け出すことは困難なのだ。少なくとも自分にとっては、今まで無意識に行ってきた作業が持つ意味とその危険性について、確認させられる結果となった。

そして読み終えた後に感じたことは、ひとつ。これからも物語から逃げずに、先に進みたいということだった。

『まちづくり デッドライン』

 

まちづくり デッドライン

まちづくり デッドライン

 

 「まちづくり」に求められるのは適正なマネジメントによって持続可能となる事業活動であり、そのためには特に、まちの中心部に資産を持つ不動産オーナーが「価値」と「対価」の流れ(バリューネットワーク)を時代に即して正当な形にする必要性が説かれている。これは自分の暮らす地域でもまさに該当することで、自分自身もまちづくりへの「関心」から「行動」に踏み出し始めている現在、自分がプレーヤーとしてはどういう役割を果たすべきなのか、についても自ずと答えが浮かび上がってくる。問われるのは覚悟と実践、ということになる。