とりあえずかいてみよう

読書とか映画とか音楽のことを書きます。書かない日もあります。でも書こうと思ってます。

『紳士と猟犬』

紳士と猟犬(ハヤカワ・ミステリ文庫)

紳士と猟犬(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

英国東インド会社統治下のインドを舞台に、対照的な二人の男が機密任務遂行のため、亜大陸を横断する。一人は語り手のエイヴリー。単純だが正義感の強い若き軍人。もう一人のブレイクは、社から「探偵」として雇われた、何やら秘めた過去を持つ男だった。彼らの歩む旅路に、少しずつ陰謀の影が見えはじめ……。

インドの風土や文化の特徴が、エイヴリーのフィルターを通すことで場面場面で読者に様々な心情を呼び起こす。著者あとがきで述べられる、英国人がインド人に対して抱いた「優越性」の根拠の薄さは、日本人にも皮肉として通じるだろう。

一方で単純な文化相対主義に基づいて是認するには見逃しがたい当時の現地の風習も余すところなく描かれ、改めて異国文化の相互理解に横たわる難しさを感じさせてくれる。そうした丹念な描写の積み上げの中、全体を貫く事件の謎が歴史的事実とリンクして読者の前に姿を現す時、英国とインドの間に広がっていた断絶の深さが、まざまざと理解されるだろう。

その断絶をこうした形で示すテクニックには、どことなく山田風太郎を想起させるものがある。全体を収束させるための辻褄合わせから生じるニヒルさが、またその思いを深くする。歴史ミステリとしてはまさに絶妙の着地点であると言えるだろう。

さらにエイヴリーとブレイクのコンビ関係に的を絞っても、バディものとして非常に良くできた内容だ。性格設定こそはありがちなパターンにはまってはいるものの、インドの秘境が舞台となっていることが効果的に働き、両者のすれ違いや交流が見事に演出されている。ラストシーンでの二人の会話は、映像的な情景描写と淡々とした心理描写が功を奏し、この長大な物語(文庫で約560頁)の締めくくりとして実に相応しいものになっている。

 さらにさらにこの二人、見方によってはワトスンとホームズがロンドンではなくインドで出会っていれば、という風にも読めるし、それを意識した描写も多い(年齢設定の点では違いはあるけれど)。訳者あとがきによれば次回作はいっそう、ワトスンとホームズを想起させる設定となっているらしく、両コンビいずれにも魅せられた者としては、ぜひ続編翻訳刊行に期待を寄せたいところだ。