とりあえずかいてみよう

読書とか映画とか音楽のことを書きます。書かない日もあります。でも書こうと思ってます。

語り手ジャンニの魅力 ポール・アダム『ヴァイオリン職人の探求と推理』

ヴァイオリン職人の探求と推理 (創元推理文庫)

ヴァイオリン職人の探求と推理 (創元推理文庫)

 

語り手兼探偵役を務めるジャンニは、イタリアの地方都市クレモナの名ヴァイオリン職人。腕がよく誠実で、ヴァイオリンと音楽をこよなく愛する。この小説の魅力はすべて、このジャンニという人物の造形に拠っている。「職人としてのこだわり」と「人間としての熟成」を両立させたジャンニの視点を通じ、読者はヴァイオリンという楽器、ことに名器ストラディヴァリの歴史を学んでいくことになる。その歴史も、無味乾燥な概略ではなく、ジャンニならではの情熱と知識に裏付けされた語り口によるものだからこそ愉しめるのだ。
殺人は発生するし誰がそれを犯したのかという謎も存在する。しかしそれらは、あくまでジャンニに誘われて読者が旅立つことになる歴史の流れの深みと重みから派生したものであるにすぎない。くどいようだが、味わうべきは何といってもジャンニだ。ジャンニに萌える小説であると断言して差し支えあるまい。そしてまた、ここまで丁寧で上品に、嫌味さを感じさせずにハイブロウな道具立てを描ききる作者にもまた最大限の敬意を表したい。シリーズ第二作『ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密』も当然ながら購入決定で。いやー面白かった。
美術史の裏を探るミステリはいろいろあるけど、私がこれを読んでて思い出したのはピーター・ワトスン『まやかしの風景画』かな。深刻にならずにホカっとできる読後感が共通してると思います。