再読。戦時下の陸軍病院で手術中に患者が殺される。容疑者は限定されており、「誰が」「なぜ」「どうやって」殺したのかを論理的に解明していく、謎解きミステリの名作。個人的にはブランド作品だと、これか『自宅にて急逝』がベストかと。
作者お得意の辛辣な人間描写の中に、周到な伏線と巧みなミスディレク ションが張り巡らされ、目まぐるしい多重推理によって読者は翻弄される。ラストの趣向は、再読しても唸らされる。かくも見事な本格ミステリでありながら、 その形式を痛烈に嘲笑うごときの黒い悪戯は、まさにブランドならではの味であります。
戦争の影が作品の性格に異様な緊迫感を与えている、という点ではカーター・ディクスン『九人と死で十人だ』と双璧をなす、という印象。山口雅也の解説は、 さすが本人に会いにイギリスまで行くほどのファンだという熱意を感じさせるもので、好事家とはあらまほしきもの、と思わされます。