とりあえずかいてみよう

読書とか映画とか音楽のことを書きます。書かない日もあります。でも書こうと思ってます。

予想を超えた第一級のエンターテイメント小説! スティーヴ・キャヴァナー『弁護士の血』

弁護士の血 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

弁護士の血 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

地味な邦題に地味な表紙の、地味な法廷ものかなと思いこんでいたが、読み出してみるとコレがまた手に汗握る展開! 映像化待ったなし、てくらいの良質な娯楽作品でした。
主人公のエディー・フリンは薄暗い過去を持つ弁護士。ある事件の弁護をきっかけに酒におぼれ、ついには家族にも見放された。そんなエディーにロシアンマフィアのボスが接触してくる。自分の弁護をするふりをして法廷に爆弾を持ち込み、証人を殺せ。さもないと娘の命はない、と……。
ここから始まる駆け引きに次ぐ駆け引き、そしてエディーのタフさと奥深さが最大の魅力。
文庫にして450ページ超というなかなかのボリュームだが、作中内の時間はたぶん24時間ちょっとしか経過してない。そう考えるとたいへん濃密な物語であります。ちょっとエディーに都合よく話が回り過ぎ、という気もするけど、彼がそれまでの人生で培ってきた経験へのご祝儀と見なせば納得できなくもないか。
先日亡くなられたばかりの翻訳者・横山啓明さんの追悼読書でした。ダイナミックでリズミカルな訳文が、エディーのキャラや物語を大いに盛り上げてくれています。

「怪奇小説」の枠を超えた、女性の心理描写の妙 サーバン『人形つくり』

人形つくり (ドーキー・アーカイヴ)

人形つくり (ドーキー・アーカイヴ)

 

長らく謎の作家として知られていたという英国の作家サーバンの中編2編を収録した1冊。
「リングストーンズ」はヘンリー・ジェイムズの「ねじの回転」を想起させる構成・筋書き。あちらが単なる怪奇小説に留まっていないのとは別の意味で、こちらも超異色の展開だ。怪異そのものよりも怪異にとらわれた女性が彷徨う迷宮のような心理が、幻想的な情景描写と重なって魅力を生み出している。
表題作「人形つくり」は、ありきたりな筋書きに見えながらやはり女性心理の、非合理でありつつも美しい葛藤に、読み手の心は大いにかき乱され、魅かれてしまう。
作者サーバンは本名をジョン・ウィリアム・ウォールといい、英国の外交官であったそうだ。神経症的な心理描写と幻想的な情景描写という点で、ダフネ・デュ・モーリアを想起させるものがあった。実に癖になりそうな作風で、好みの作家。日本では1968年に『角笛の音の響くとき』がハヤカワSFシリーズから刊行されていたという。これも読みたい。

人類の愚かさと、音楽の偉大さと 中川右介『戦争交響楽 音楽家たちの第二次世界大戦』

戦争交響楽 音楽家たちの第二次世界大戦 (朝日新書)

戦争交響楽 音楽家たちの第二次世界大戦 (朝日新書)

 

政治と軍事が一体化した恐るべき権力が、文化や芸術に対し統制を図り始めた時、どれだけ多くの人々が本来持った才能と果たすべき役割を捨てねばならないのか。そのあらましを、クラシック音楽と第二次大戦に焦点を絞って綴った歴史ドキュメンタリーが本書だ。
記述はあくまで淡々としているがゆえに、その陰にあったであろうドラマに思いを寄せることができる。とりわけフルトヴェングラーの、自己の信じる芸術を守るために時代に翻弄されたその姿には、同情を禁じ得ない。批判されるべき点があるにせよ、音楽に対する彼の誠実さは損なわれるべきではない。
現代の価値観で、当時の「ナチスに加担した」とされる人々を断罪するような傲慢さから、少なくとも私は距離を置きたいと考える。現在が当時から何かを学んでいるという状況だとは、とても思いにくいからだ。
そしてそれ以上に、たとえ人類の愚行がこの100年間に積み重ねられてきたにしても、音楽が持つ普遍性は失われていないということに希望を見出したい。

卓越したニューオーリンズの描写に圧倒 レイ・セレスティン『アックスマンのジャズ』

アックスマンのジャズ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

アックスマンのジャズ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

1919年に米国ニューオーリンズで実際に起きた連続殺人事件がテーマ。犯人を追う市警の警部補タルボット、彼の元上司で今はマフィアに雇われるルカ、ピンカートン探偵社の事務員アイダと幼馴染のルイ・アームストロング。三者の視点が入れ替わり、街の暗部へと徐々に迫っていく。
実のところミッシングリンク物のミステリとしてはまあ無難な出来というのがせいぜい。しかしあまりにも魅力的なニューオーリンズの描写によって、読んでいる間に自然とその世界に入りこんでしまう。錯綜したプロットが収まった後の、次回作へのヒキも実に達者なのだ。
作者はこれがデビュー作とのことであり、しかもなんとイギリス人(!)ということなのですが、これほど見事に20世紀初頭のアメリカ南部社会の裏面史を娯楽作に仕立て上げるとは、恐るべし腕前。続編の翻訳刊行にも大いに期待したいです!!

予想のつかない展開と、謎が謎を呼ぶ設定の綱渡り 光永康則『アヴァルト 1』

アヴァルト(1) (シリウスコミックス)

アヴァルト(1) (シリウスコミックス)

 

SFとファンタジーを、MMORPGという接点でつなげるというアイデアがおもしろい(類例は他にもありそうな気がするが)。主人公を取り巻く世界の謎がどのような観点で発見され、またどのようにして解明していくのか、と言った部分に非常に興味が湧く。
1巻ではまだほんのわずかしか垣間見えていないが、「作中世界の構築」と「読者の関心の持続」というなかなか難しい綱渡りをどう乗り切るか。そこが焦点となりそうだ。2巻へと続く演出も上手く、娯楽作品としてのツボは抑えられている感じ。
読み終わってから気づいたが、『怪物王女』の作者らしく、独特の軽さと残酷さのギャップも印象的。続きが楽しみです。