とりあえずかいてみよう

読書とか映画とか音楽のことを書きます。書かない日もあります。でも書こうと思ってます。

今年度ベスト級の、圧倒的な読みごたえ キャシー・アンズワース『埋葬された夏』

埋葬された夏 (創元推理文庫)

埋葬された夏 (創元推理文庫)

 

心が震わせられる。読後、脳裏に浮かぶのはその一言だけ。近年まれに見る、鮮烈な読書体験を与えてくれた作品だった。
プロットは極めて精緻だ。過去と現在の物語が同時並行で語られ、ページが進むごとにより重層的な様相を呈していく。
登場人物は周到に配置され、存在感を持って描かれる。
同世代の少年少女たちを巡る心理や葛藤は、普遍的な色彩を帯びている。
そして読者を駆り立ててやまない謎の正体―「いちばん悪いのは、誰か?」―という問い。
すべてが高いレベルで魅力的だ。しかし作者が最後に与えてくれた衝撃は、それらを超えていた。
その衝撃は、「どんでん返し」といった手あかのついた言葉で表現しうるものではない。
作者がここまで紡ぎあげてきた物語の結実を、読者は最後に手に入れることができるのだ。これこそが、「小説を読む感動」に他なるまい。

「あの頃の新本格」な印象の、非本格作品 ウルズラ・ポツナンスキ『古城ゲーム』

古城ゲーム (創元推理文庫)

古城ゲーム (創元推理文庫)

 

14世紀の住人になり切って当時の生活を疑似体験するゲームのさなか、参加者が一人また一人と消えていく。舞台となる土地には陰惨な呪いの伝説が秘められていた……。
という設定はあくまで極限状況を演出するための装置でしかなく、ガジェット盛りだくさんなクローズドサークルでの謎解きミステリ、ではないのでご注意を。その上で、人間心理の危うさの描写が巧みで読ませてくれる。視点人物を固定している点もリーダビリティに拍車をかけている。全体としての仕掛けの割り切った人工性や、モラトリアムな香り漂う結末は、「あの頃」の新本格っぽい。
とはいえ先述したとおり、謎解きミステリとしての骨格は整っていないのだけど。ガワの雰囲気がそんな感じなのです。あとはとにかく翻訳が読みやすい。さすがの酒寄進一訳でした。

奥の深い人柄がしのばれるエッセイ 山田風太郎『わが推理小説零年』

わが推理小説零年 (ちくま文庫)

わが推理小説零年 (ちくま文庫)

 

自身の作家デビュー以後の探偵小説文壇のリアルな息吹と、それを通じて当時の世相を垣間見せてくれるエッセイ集。綺羅星のごとき作家の名前が登場するが、とりわけ大きな存在感を見せるのは、やはり乱歩だ。

特に224頁から始まる「私の江戸川乱歩」には思いが結実されている。若き日に面と向かって「先生は眼高手低ですな」と語ったエピソードは、その後の乱歩作品の分析と相まって実に読みごたえがある。この他にも、探偵小説というジャンルそのものを著者がどうとらえていたか、また筒井康隆に対する高い評価など、興味深い話題が多い。

実作では独特のニヒルさが際立つ著者であるが、自分の素性を明かすがごときこうしたエッセイでは、ニヒルさの中にじんわりとあたたかい人柄と、冷静で精緻な思考の道筋が見て取れ、改めてその奥深さにほれぼれしてしまう。得難い一冊でした。

その人柄に惚れてしまいそう 池澤春菜『SFのSは、ステキのS』

SFのSは、ステキのS

SFのSは、ステキのS

 

池澤夏樹の娘で声優の池澤春菜がSFマガジンに連載中のエッセイをまとめた一冊。基本は身辺雑記だが、そこで語られる要素を、該博な知識を駆使してSFと絡めてしまう。それなのに一見さんお断り的な雰囲気は微塵も感じさせず、実にカジュアルにまとめている。
私のごときSFへの理解が低い者でも「SFって面白そう」と感じさせてくれる本であるのは、「好きなものを語る」ことの情熱とそれを裏打ちする文章力、下地となるご自身のお人柄に他なりますまい。実にしっかりした方なのだということが伝わってきます。折に触れて読み返したい一冊。
強いて言うなら「ごきげんよう」のあいさつが早々に無くなってしまったことだけが残念です、はい。

なにこの超展開 L.P.デイヴィス『虚構の男』

虚構の男 (ドーキー・アーカイヴ)

虚構の男 (ドーキー・アーカイヴ)

 

ドーキー・アーカイヴという叢書の劈頭を飾るに相応しい怪作にして快作。
伝統的な英国の田園小説めいた雰囲気からどんどんのっぴきならない展開をたどり、最後に着地したところは、いやもうとにかく「読んで体験してくれ」としか言えんのです。
若島正が解説でいう「早過ぎたジャンル混淆作家」というのが全てなんでしょうな。印象としてはブレイク・クラウチの『パインズ』に似てるんだけど、あっちが現代アメリカらしさ溢れるドラマっぽい展開であるのに対し、こちらは往時の英国らしいやや歪んだユーモアが楽しめる。好みとしては断然こっちです。

hidmak.hatenadiary.jp付録の若島正と横山茂雄の対談を収録した小冊子ががまたすごく面白いので、書店で見かけたらこの冊子だけでも読んでみるといいと思うよ。