とりあえずかいてみよう

読書とか映画とか音楽のことを書きます。書かない日もあります。でも書こうと思ってます。

「ハメットを知ること」=「小鷹氏を知ること」 ダシール・ハメット『チューリップ ダシール・ハメット短編集』

チューリップ ダシール・ハメット中短篇集

チューリップ ダシール・ハメット中短篇集

 

小鷹信光氏追悼読書。未完の自伝的中編である表題作をはじめ、初期の一般文芸作品や「コンチネンタル・オプ」シリーズの本邦初訳短編などを収録した作品集。ハメットもハードボイルドも読みこなせない自分には、正直なところやや楽しみを見出しがたい内容だったのも事実。しかしストイックな精神性やその奥に漂うヒロイズムといった「いわく言い難い何か」が訳文を通して、確かに伝わってくる。それは、表題作でハメットが(作家として)「書けない自分」を投影した男に語らせた独白に、端的に象徴されているように感じる。

小鷹信光という人物は、最後の最後まで「物書き」としてあり続けた生涯をたどった。文筆家として生きる誇りは、自身の半生をつづった『私のハードボイルド』にも記されている。そんな氏が「書けない言い訳」を弄するかのように見えるハメットの自伝的小説をどのように感じ、それをどのように読者に伝えんとしたのか。そこにハメットへの思いや翻訳者としての矜持を感じるような気がして、ならないのだ。

「ハメットを知る」ことが「小鷹信光を知る」ことに重なる。あるいはその逆かもしれない。そうした感想を読者が抱くとき、小鷹氏が日本の翻訳ミステリ文化で達成した事績を、最も評価することにつながるのかもしれぬ。そんな感慨を抱く短編集であった。