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とりあえずかいてみよう

読書とか映画とか音楽のことを書きます。書かない日もあります。でも書こうと思ってます。

正統派の評論、とは言い難い内容だが…… 門井慶喜『マジカル・ヒストリー・ツアー ミステリと美術で読む近代』

ジョセフィン・テイの名作『時の娘』を皮切りに、『緋色の研究』『アッシャー家の崩壊』『薔薇の名前』などの作品を通じて「歴史ミステリとは何か」を考察する。その切り口として用いられるのは小説と絵画における技巧の発達であり、さらにその淵源として宗教までが取り上げられる。

はっきり言うと論旨は回りくどい。文体は少々癖があり、著者が前に出過ぎていささか興を削ぐ面もある。たどり着いた結論にしても、著者自身が認めるように牽強付会・我田引水の印象はぬぐえない。それでもなお、個々の考察に読むべきところは何か所か見受けられる。

その最たる例が『薔薇の名前』を巡る論考で、小説本編に劣らぬほどにスリリングな知的考察は圧巻である。この論考の精緻さは、『緋色の研究』に新たな「視点」からメスを入れることになる。この流れは実に見事。またオルハン・バムクの『わたしの名は赤』を絵画と小説、双方の切り口で分析・解体していく手際も巧みである。それだけに、本書全体としての結論がどうも腰砕けというか及び腰になってしまっているのは、残念なところであります。

著者はもともと、ミステリや歴史小説に実作がある人らしい。正統派の評論ではなく多分に「著者本人」が出過ぎてしまうのは、そのせいなのか。そこが個々の分析に力強さを与えていると同時に、評論として不格好なものになっている理由である気もする。とはいえ、文化史的にミステリを振り返る意味では読むべき価値のある一冊だと言えます。