とりあえずかいてみよう

読書とか映画とか音楽のことを書きます。書かない日もあります。でも書こうと思ってます。

巨匠が見せた円熟の境地 クリスチアナ・ブランド『領主館の花嫁たち』

領主館の花嫁たち

領主館の花嫁たち

 

『はなれわざ』『緑は危険』などの傑作で名高いミステリ作家ブランドの最後の長編は、作者の円熟の境地を示す極上のゴシックホラー小説だった。

エリザベス朝時代から続く呪いに支配されたヒルボーン一族と、その居館アバダール屋敷の物語。超自然的な怪異は登場するものの、真に怖いのは生身の人間の心理だということ を、ブランドが卓越した人物描写で映し出す。

あまりに恐ろしくて残酷で、そして物悲しい。直球のミステリでないことに読む前に一抹の懸念があったものの、それを軽く消し飛ばしてしまう内容の濃さだった。東京創元社創立60周年記念出版に相応しい名作です。

以下、ちょっとネタばれ感想なので、文字反転。

メイン登場人物たる双子のうちの一人(やるせない悲劇と運命に襲われる側)の名前が「クリスティーン」であるのは、作者自身の「クリスチアナ」というファーストネームを想起させる。ここに作者の何がしかの意図はあったのだろうか。

とすれば、双子の片割れの名前にもまた、何かの意図はあるのだろうか。

さらにもう一方の主役とも言える家庭教師テティは、その登場からしてヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』を思わせる。実際のところ、テティが物語中で本当に「呪い」の影響を受けていたのか、それを保証するものはない。テティの立ち位置と読者からの見え方には、やはり『ねじの回転』の影響が濃いのではあるまいか……。

巻末の戸川さんの解説では、件の回想録がブランド本人から日本に向けて売り込んだ、ということが書かれている。これは初めて聞いた気がする。日本に愛着があったらしいってことは知ってたけど、そこまでだったのか。