とりあえずかいてみよう

読書とか映画とか音楽のことを書きます。書かない日もあります。でも書こうと思ってます。

『ソニア・ウェイワードの帰還』

ソニア・ウェイワードの帰還 (論創海外ミステリ)

ソニア・ウェイワードの帰還 (論創海外ミステリ)

 

 知的ではあるが無思慮で無計画な男が、妻の急死を隠そうとしてどんどん窮地に追い込まれていく様を描いた滑稽譚。男の心理や行動があまりに予想の右斜め下過ぎて、読者は常にツッコミ役の立場に回ることになる。周りの登場人物も基本的に俗物だらけで、男と彼らの絡みがイネス一流の皮肉なセンスで彩られることで、笑いと混迷がより深まっていく。作中作的な要素がプロットと乖離することなく組み込まれているのも、作者の技量の冴えを示すものだ。結末は想像しやすいとはいえ、これしかないという形に収まっているため、大いに満足できた。

非シリーズものであるが、自分がイネスという作家に求めていたもの――「現実」から「虚構」への逃避を確実に保証してくれる軽やかさと、ほんの少し入り混じった「虚構」が「現実」の裏返しであることを示す苦み――が存分に横溢している。2008年の『霧と雪』以来途絶えてしまったイネスの邦訳だが、その間の飢えを完全に満たしてくれる結果となった。個人的には間違いなく2017年度マイベストとなる作品だと確信する。

イネスといえば文学的で高踏な、お上品な作家、というイメージがまだ残っているかもしれない。その辺もイネスの本質であることは事実だ。しかし、読者は別にそれらを有り難がって畏まって読む必要はどこにもない。何よりもまず「フザけた小説」であり「軽い読み物」であることを理解しておけば、先に述べた要素は装飾ですらなく、空気のようにそこにあるもの、でしかない。そしておそらく、本書はそうしたイネスの特徴をもっともストレートに理解できる作品のひとつと言えるだろう。