昭和40年代に書かれた作者の初期長編・短編、計7編を収録。ユーモリストで皮肉屋なインテリ作家、というイメージを覆す、誠実で生々しいテーマの作品が目立つ。この中だと「エホバの顔を避けて」がいちばん落ちる印象。逆に「秘密」「にぎやかな街で」「思想と無思想の間」は傑作だと思う。読んでよかったと感じる一冊であるとともに、作者の死が今さらながらに悼まれる。
「エホバの顔を避けて」
作者の小説は、そんなに多く読んでいるわけではないけど、この作品が異色なのはわかる。「意識の流れ」に自覚的なのは作者らしいと思うし、その狙いが第四章に結実しているのも、わかる。でも、これは退屈だなあ。絶対的なものとの対峙を聖書に仮託して、徴兵忌避というテーマを正面から描こうとしなかったのは、作者の頭の良さと同時に、逃げにも思える。(2014.2.13読了)
「贈り物」
終戦直後、東北の寒村に駐留していた部隊の士官が当時を振り返って語る、混乱期のある三角関係の顛末。語り手に嫌味な印象を受けたが、ラスト三行がしみじみとしている。(2014.3.12読了)
「秘密」
これは傑作。後の『笹まくら』につながる主題と、山形県鶴岡の土着的風俗の活写が素晴らしい。 (2014.3.12読了)
「男ざかり」
戦前大嫌いだった美術部の先輩との、戦後の再会。皮肉な展開に妙味がある。若い時に読んでたらともかく、今くらいの年になると、ラストの語り手の気持ちに妙に共感してしまう。 (2014.3.12読了)
「にぎやかな街で」
やあ、これは圧巻。ずしりと重い。終戦直後、広島近くの山村で屠殺業を営んでいた在日朝鮮人の男を語り手に、様々な形での「死」が描かれている。淡々としていてなおかつ生々しくて、忘れがたい読後感。この作者の新たな一面を知る。 (2014.3.20読了)
「川のない街で」
夫婦の離婚がテーマ。描かれる女性像は古めかしいけど、交わされる心理の綾は普遍的。(2014.3.21読了)
「思想と無思想の間」
これまた傑 作! 日本人と「思想」というものの向き合い方を、極めて注意深く、かつ真摯に捉えている。現代日本においてこそ広く読まれるべき主題。(2014.3.21読了)