とりあえずかいてみよう

読書とか映画とか音楽のことを書きます。書かない日もあります。でも書こうと思ってます。

『ゴーストマン 時限紙幣』

ゴーストマン 時限紙幣 (文春文庫)

ゴーストマン 時限紙幣 (文春文庫)

 

 「ゴーストマン」とは裏世界での職掌のひとつで、最大の任務は「姿を消すこと」である。語り手の「私」はメーキャップや演技によって、それぞれまったく別個の人格に変貌を遂げるプロだった。そんな彼の過去を知る数少ない人物からの依頼で、「私」は48時間以内にカジノから強奪された120万ドルの紙幣を回収することになる。期限が来るとその紙幣は爆発するのだ……。

不思議な読後感。「私」の人物造形に魅力を感じないままの読書だったので、常に距離を置いての物語体験となった。結果として骨太なストーリーは客観的に楽しむことはできたが。

解説で杉江松恋は「私」について、その意識が常に「逃げのびる」という一点に集中する「機能美」の極みにあると指摘する。これは卓越した指摘で、「私」の目を通して語られる、微に入り細を穿つかのような犯罪遂行の描写が、どれだけ陰惨で暴力的なものであろうとも奇妙に無味乾燥しているのは、この「機能美」に由来するのだろう。そういう意味では、この独特な人物造形は確かに成功している。なればこそある場面での心理描写が強烈に印象に残ることにもなる。

一方で、起伏にかける展開がやや単調に感じられるのも事実だ。「裏世界」というコミュニティならではの約束事がご都合主義的に見えてきたりもする。その違和感もあり、最後まで集中して楽しめない読書につながった、というのが個人的な分析だ。そうした違和感の裏返しとなる物語構成の魅力は、杉江松恋の解説に語り尽されている。読み終えて改めて、その辺りの指摘にも得心がいくようになった。なかなかに「読書」の奥深さを感じさせてくれる一冊だった。