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とりあえずかいてみよう

読書とか映画とか音楽のことを書きます。書かない日もあります。でも書こうと思ってます。

なぜ彼でなければならなかったのか ミッチ・カリン『ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件』

ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件

ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件

 

これほど「読むのが辛い」と感じた本があっただろうか。そしてそれ以上にこれほど「感想を書くのが辛い」と感じた本があっただろうか。

第二次大戦後もなおサセックスで養蜂家として隠棲するホームズ。過去と現在の事件が英国と日本を舞台にして、ホームズ自身の目を通して綴られる。語り手ワトスンの不在によるホームズの語りは、ドイルの正典でも確かに描かれてはいる。だがあの時のホームズが、引退後とはいえ華やかな色気を漂わせる存在であったのに対し、ミッチ・カリンが描くホームズには、老いと衰えの陰がついてはなれない。

というわけで、おそらくホームズファンであればあるほど、ページを繰り内容を咀嚼するのが辛くなる内容であろう。だがそれは決して不快感に依るものではない。「シャーロック・ホームズ」という、文芸史上最も著名な架空の個性が、作中に描かれるテーマ―哀惜と追憶と寂寥感―と重なった時、ホームズファンの胸をズシリと重く、打つのである。

ミステリ的な趣向は確かにある。だがそこに重きは置かれていないし、途中でその辺への期待は放棄した。読んでいる途中に想起したのは、カズオ・イシグロの『日の名残り』であった。端正な語り手の心理が徐々に移り変わる、その様を、イシグロは「古き良き時代の英国」を象徴する執事に仮託した。では、なぜミッチ・カリンが仮託したのはホームズだったのか。そこを考え出すと、面白い。

本作品は昨年、映画も公開されており、こちらの評判についても、原作既読者から上々のようなので、期待が持てる。近いうちに見てみたいと思っている。