とりあえずかいてみよう

読書とか映画とか音楽のことを書きます。書かない日もあります。でも書こうと思ってます。

島田ミステリ最新作、ではなく、ホームズ物語の破格のパロディです。あくまでも。 島田荘司『新しい十五匹のネズミのフライ』

新しい十五匹のネズミのフライ: ジョン・H・ワトソンの冒険
 

作者の『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』を読んでいる人なら、「ホームズ物語」という虚構の英雄譚を素材に調理する作者の技量はお分かりだろう。しかしこれは倫敦ミイラをもはるかに超えた、破格のパロディである。古今東西のパロディ群を見渡しても、これほど徹底的に原作を味わい尽くし、解体し、再構築したものは他に例がないと思われる。マニアックな正典ネタや、ややもすると冒涜ともとられかねない表現に溢れ、十二分に愉しめる読者は限定されるだろう。唐突に現れるアントニイ・バウチャーの名前に大笑いできるか否かが試金石ではないか。

むろんバウチャーは『シャーロキアン殺人事件』の作者であり、H・H・ホームズの変名を持つ作家である。いま「むろん」と言ったが、別に知らなくてもいい、というか普通は知らない情報だろう。でも、これを知っているからバウチャーの名前が出てきたところで大笑いできるのである。この種の衒学的な、あるいはスノッブと言ってもいい笑いを享受できるか否か。できない人には、おそらくこの大著はつまらないものとしか映るまい。仕方ない。もともと読者を選ぶ作品として書かれたものなのだから、それは当然だ。

パロディとしてはまさしく大傑作であり、同時にワトスンという人物を巡るシャーロッキアン的考察としても非常に精緻で、手が込んでいる。一方で島田荘司の最新作、という文句から手を伸ばそうと考えている人がいたなら、それはやめておいた方がいいですよ、と忠告したい。そんな作品です。