とりあえずかいてみよう

読書とか映画とか音楽のことを書きます。書かない日もあります。でも書こうと思ってます。

驚くべき読書体験 その一言に尽きる フェルディナント・フォン・シーラッハ『犯罪』

犯罪 (創元推理文庫)

犯罪 (創元推理文庫)

 

本業は刑事事件の弁護士という作者のデビュー作で、2012年本屋大賞・翻訳部門受賞作。先に『禁忌』を読み、その独特のセンスに魅かれるものがあったけど、切れ味の鋭さは短編集の本書がより際立つか。
探偵小説の黎明期に好まれた「犯罪実話」を想起させるが、あの類にある悪趣味さが見られないのが興味深い。「犯罪」とはそれだけで独立してあるのではなく、様々な人たちの人生の延長線上にあるのだという単純な事実を、改めて理解させてくれる。透徹とした視線と語り口に時に戦慄を覚え、時にユーモラスな感覚を味わう。誠に得難い体験だ。

明確に真相が明かされぬ話もいくつかある。しかしそれも当たり前のことで、唯一無二の正解は「名探偵の推理」といった、特殊な装置を経てしか得られないものなのだ。そのもどかしさなり奥深さを感じさせてくれるのがこの作品であり、同時にこしらえ物としての「本格ミステリ」の愉しさの一端を示してくれる作品である、ともいえる。
すなわち、フィクションとしてのミステリを自分がふだん、どのように愉しんでいるのかを再確認させてくれる、格好の教科書ともなりうるのである。

各作品の配列も計算されつくされており、劈頭を飾る「フェーナー氏」の淡々とした語り口に、静かな驚きと予感を覚えさせつつ、続く「タナタ氏の茶碗」で飛躍を見せる。この作者が描きたいものはこういうことか、と。以降も様々な切り口で読者を、犯罪という人生の迷い道に誘った末、作者と読者の思いは「エチオピアの男」に結実するのである。

これはもっと早くに読んでおくべき作品だったと後悔しました。まさに珠玉の短編集でございます。