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とりあえずかいてみよう

読書とか映画とか音楽のことを書きます。書かない日もあります。でも書こうと思ってます。

言葉の海を漂い、物語の沃野を往く喜び ニック・ハーウェイ『エンジェルメイカー』

読書 読書-翻訳小説
エンジェルメイカー (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

エンジェルメイカー (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

とにかく、分厚いのである。解説の杉江松恋氏によれば、ポケミスが現在のカバーになって以降最長の分厚さであるようだ。分厚い小説というのは、それだけで読むのにためらいを覚えさせる。ましてや翻訳ものの場合、読みにくさというものがどうしてもつきまとう。そんな障害を軽々と乗り越えてしまう圧倒的なリーダビリティと練り上げられたストーリーを体感できるのが、この作品だ。

物語を要約することはあまり意味がないので、実際に読んでいただくほかないのだが、これはミステリなのか?という疑問が頭に生じることだろう(ましてやポケミスとして売られているのだからなおさらだ)。だがそんな疑問はすぐに雲散霧消する。せざるを得ないのだ。小説だからこそ到達しうる、その目くるめく発想の奔流に、饒舌たる言葉の海に、身を投じる喜び。

娯楽を盛り上げることに徹するその旺盛なサービス精神は、すぐれて現代的なエンタメ小説であるとも言えるけど、読んでいるうちに感じるなつかしさは19世紀的な英国小説の過剰なまでの「物語ることへの情熱」に由来するだろう。描写を積み重ねていくことで濃密な世界に読者を誘う、という。小説を読む楽しみが究極的には現実からの逃避にあるのだとすれば、この作品はその目的を果たしてくれる最良の一冊となるだろう。

などと小難しいことを書いてしまったが、早い話がバスチョンという犬に萌える小説であります。バスチョンに出会うためだけに読む価値があると言ってよい。まあ、あまりに膨大な情報ゆえに一読してすべてを咀嚼できているのかというと心もとない気もするが、それは再読の楽しみを生むということにつながりましょう。

饒舌な言葉の海と、豊饒な物語の沃野をとことん堪能できる小説。これは稀有であり貴重な体験だと思います。