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とりあえずかいてみよう

読書とか映画とか音楽のことを書きます。書かない日もあります。でも書こうと思ってます。

いや、これはすごい短編集だった 今野緒雪『マリアさまがみてる フレームオブマインド』

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マリア様がみてる フレームオブマインド (コバルト文庫)

マリア様がみてる フレームオブマインド (コバルト文庫)

 

前巻から時間軸を遡って、写真をテーマにした10編の短編集。てわけで祐巳瞳子の姉妹問題はまた引っ張られるわけだが、それも許せてしまえる程の全編の完成度の高さだ。リリアン女学園という「世界」は、リアルな「女子高」とファンタジー的な「乙女の園」の境界線上にギリギリに位置している(と、男の私が断言するのも何だけど)。その境界線の危うさを切りとって「写真」というガジェットに仮託して示したのが、この短編集なんだと思う。それは、主人公たちが属する山百合会という華やかな集団と離れたところで起きていた日常でもあるのだ。
その極北に当たるのが「不器用姫」だと思う。まさかマリみてでこんな苦味だけが残るお話に出くわすとは思ってなかった。ここで交錯する少女たちの心理は、実に生々しい。しかしこの苦味や生々しささえも、リリアンという閉鎖空間だからこそ起こりうることなのだ。決して現実と地続きではない。本筋の物語(そちらにも様々な紆余曲折は描かれているわけだが)には出てこない「リリアンの普通の少女たちの屈折」を見事に表現している。
一方で「不器用姫」とは反対の方向に向かったのが「温室の妖精」であり、これはまさしくファンタジーの領域のお話。しかしこれまた、リリアンという園では実際に起きている事象なのだ。かくして読者は、現実と幻想の狭間の世界を漂っていることを自覚することになる。そしてそれが「マリア様がみてる」という世界であることに。
他の作品もそれぞれ、先述の2作との間にグラデーションを成しながら「マリア様がみてる」という世界に深みと彩りを与えている。本筋の物語がいよいよ大詰めというところで、改めて読者が触れてきた世界の本質を問う。この短編集は、まさにそういうものだ。