とりあえずかいてみよう

読書とか映画とか音楽のことを書きます。書かない日もあります。でも書こうと思ってます。

デュ・モーリア入門に最適な一冊 ダフネ・デュ・モーリア『いま見てはいけない』

デュ・モーリアといえばヒッチコックの映画『レベッカ』と同題の原作長編小説が最も有名だろうが、作家としての真骨頂は短編にこそある。幻想的で美しい情景描写と、不安を掻き立ててやまない神経症的な心理描写がその特徴と言えるだろう。実のところテーマや筋立てはわりと似通ったものが多いのだが、それでも夢中に読ませてくれる筆力は尋常ではない。

この短編集に収録されている作品も見事な出来栄えのものばかりだ。表題作は、ヴェネチアを旅行中のある夫婦と老姉妹の出会いに端を発する、運命の皮肉。流麗な筆致で鮮やかに結末まで読者を誘う。
続く「真夜中になる前に」は、冒頭から結末まで、あるタイプのホラーを想起させるが、素材が異なる。モーリアの選んだ素材の方が古めかしいはずだが、逆により新鮮なイメージ喚起力を読者に与えるのは、やはり卓越した描写があればこそだ。

以下、奇想短編的な流れから急転直下の後味の悪さを見せる「ボーダーライン」、エルサレムをツアーで訪れた英国人一行の悲喜こもごもの群像劇「十字架の道」、他作品とは一風変わった味わいの「第六の力」まで、どれも極上の短編小説。モーリア入門としては最適な一冊と言える。オススメ。