とりあえずかいてみよう

読書とか映画とか音楽のことを書きます。書かない日もあります。でも書こうと思ってます。

天才的政治家の生涯を通し、現代を顧みる ジョナサン・スタインバーグ『ビスマルク 上・下』

ビスマルク(上)

ビスマルク(上)

 
ビスマルク(下)

ビスマルク(下)

 

上下巻合わせて2週間ばかりを要して読了。上巻では、近代政治史上最大の天才と言って差し支えないこの巨大な人物の前半生を、プライベートな交友関係や心身を蝕んだ病魔などの知られざる側面から詳述する。下巻では、一般的な知識ではビスマルクの最大の事績と目されるであろう普仏戦争の勝利については極めて 簡潔に済ませており、その後の失脚に至るまでの約20年間彼が抱えた怒りやストレスと、高度な政治的計算の両立に筆を費やしている。

最終的に著者は、ビスマルクの築いた国家体制が反ユダヤ主義ナチズムの到来をもたらした、とする。 この考え方には幾分同感しかねる点もあるけれど、膨大な資料文献を当たってこの「悪魔的人物」の個性を浮かび上がらせる著者の手腕には敬服を払うほかない。

結局ビスマルクという政治家は、主君である皇帝ヴィルヘルム1世との個人的な信頼関係にのみ基づいて独裁的な権力を発揮することができた。ドイツ統一 前の二度の対外戦争の鮮やかな勝利も、統一後の近代国家史上初となる福祉政策の実現も、国民や議会からの永続的な支持を得ることはなかったし、ビスマルクもまたそれを必要とはしなかった。

ビスマルクはただ主君の承認を得て詔勅を発布し己の考える政策を実行できれば、それでよかったのだ。しかしこの二人の関係は理想的な甘いものではなく、多分に緊張 をはらんだものであった。それが四半世紀にわたって上手く機能した功績は、ビスマルクには帰せられない。そういうことができるほど、彼の人格は安定していなかったのだ。

ビスマルクの独裁は、それに承認を与えていた老皇帝の死とともに瓦解せざるを得なかった。そしてこの当時のドイツ帝国を範にとったのが明治日本だ。しかし 日本にはビスマルクほどの巨大な個性は登場しなかった。代わりに日本に出現したのは、元老制という超法規的なシステムだった。結果として元老制は明治末期から大正を経て、昭和の 一時期までをコントロールし、やがて軍部の暴走を抑制しきれなくなって自然消滅する。現代社会や世情を鑑みるに、歴史を学ぶことの重要性を改めて強く感じる。驚異的な 大著でした。

ビスマルクの権力は、彼を嫌悪し、彼の敵対者のカマリラたちを周囲に侍らせた妻を持つ老王に依存していた。(中略)彼は精神的にも実際的にも国王の承認を 必要とした。(中略)かくして彼は極度のストレスを被る立場に自らを追いやり、その中で現実の諸力が彼に、このような屈辱を日常のレベルで他に転化して再 現するように強いたのである。なんとなれば、彼はその大きな権力を行使して国王の絶対主義的な統治を護り、そのことによって国王は間接的にビスマルクに無 力さという苦しみを味あわせることができたのだからである。