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とりあえずかいてみよう

読書とか映画とか音楽のことを書きます。書かない日もあります。でも書こうと思ってます。

作曲家と指揮者の共鳴 隔週刊クラシックプレミアム19

 特集はチャイコフスキー(3回目)。カラヤンの「悲愴」である。曲そのものが人間の想像力と創造力を突き詰めたかのような、まさに人類の至宝というべきも のだろう。そんな名曲を、生涯に7回も録音したというカラヤンの指揮。諸石幸生さんが解説で指摘されるとおり、まさに「信仰告白」というべき名演。溢れる 緊張感からのダイナミックな展開が素晴らしい第1楽章、ノスタルジックな第2楽章、一気呵成に駆け抜ける第3楽章、そして深く沈みこんでゆく第4楽章。徹頭徹尾にわたって磨き上げられた音の世界。作曲家と指揮者の魂の共鳴を感じる。

本誌では、岡田暁生さんの連載コラムでの「うんざりするほど長い音楽について」というテーマが非常に面白い。「クラシック音楽はなぜ長いのか」 この問いに対する最初の答えは「当時の人たちはヒマだったから」ということで、これには笑った。

もちろん他にもさまざまな理由を見出しているが、特にこの指摘が印象深い。「多くの 長いクラシックは、退屈というイニシエーションを通って初めて何かが見えてくる、そういう音楽である」

このテーマは次回にも引き続くそうで、特にワーグナーマーラーについて言及されるそうだ。マーラーは本当に「退屈」というイメージしかないのだが(まだ4番しか聴いたことないけど)、どんな解説となるのか楽しみです。