とりあえずかいてみよう

読書とか映画とか音楽のことを書きます。書かない日もあります。でも書こうと思ってます。

好みの作風ではなくても、読まされてしまう「物語」 ミネット・ウォルターズ『遮断地区』

遮断地区 (創元推理文庫)

遮断地区 (創元推理文庫)

 

戸数を増やすための無計画な開発で迷宮のような構造となった、バシンデール団地。低所得者層がほとんどの住民は常にいがみ合い、ドラッグが蔓延していた。現代英国の「下層社会」の縮図のようなこの団地に、小児性愛犯罪者の親子が引っ越してきたという噂が広がる。自分たちの生活を守るため、その排除を目指す抗議デモが計画されるが、それは恐ろしい混乱と破壊を招くことになるのだった……。

「社会の病理を描く現代ミステリ」という奴が、私はたいへん苦手なのである。この作品はその典型で、読み切った後の釈然としない気分は、私が娯楽小説に求めるものではない。

それでも、物語そのものが持つ吸引力から逃れることはできなかった。冒頭から暗示される破局、目まぐるしく変わる視点、誰にも責任を問えない 大多数の悪意、必死で抗うごく少数の勇気。これらの要素を破綻なく展開させる作者には脱帽するしかない。

「人はその行動で判断されるの」というある登場人物のセリフを抽出することで、この小説のテーマを明示し、「一方の立場にのみ立つことなく冷徹に描くことで、安易なカタルシスを与えることをよしとしない、苦さの残る物語」と評した川出正樹氏の解説は、実に秀逸。

作者の新境地を拓いたと評される本作。好みの作風ではないのを承知で、他の作品も読みたくなる魅力が、本作には確かに存在する。