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自信満々な男の半生記 升田幸三『名人に香車を引いた男』

名人に香車を引いた男―升田幸三自伝 (中公文庫)

名人に香車を引いた男―升田幸三自伝 (中公文庫)

 

将棋の実力制第4代名人・升田幸三が自ら語る半世紀。タイトルは、升田が少年時代、棋士を目指して実家を飛び出した時に書き置きしたとされる言葉(実際は 言い回しが違っていた、ということを本人が本書で語っているが)。

あらゆる棋士の中で最も強い「名人」相手に、香車を一枚落とすハンデをつけて勝つ、つまり「名人を超えた棋士になる」というこの大望が如何にして達成されるかが、軽妙かつユーモラスに語られている。

ほとんど半分近い話題が「打倒・木村義雄 (初代実力制名人・14世永世名人)」のことで埋め尽くされているのが面白い。今はあまり語られることの少ない木村名人の、当時の絶対的な存在感が伺える。とにかく両者はウマが合わずお互いを嫌いあっていたようだけど、端々で語られるエピソードに、二人にしか分からないであろう不思議な縁も感じてしまう。

そんな木村相手に「名人に香をひく」ところまで辿り着いた後の、有名な「陣屋事件」の顛末と、木村引退後、次代の覇者・大山康治15世永世名人を実際に香落ちに追い込んで勝利を収める対局が、本書の二つの山場と言える。

だけど個人的に面白かったのは、自分に都合の悪いところ・負けたところはアッサリ流しちゃう、この人の人間臭さだった。意図してる部分もあるだろうけど「俺の方が木村・大山より絶対に強い」と自信満々に書いてて、実際に勝った時は延々と気分良さげに語り尽くしている。その一方で負けた時は、悔しさがよみがえってくる のだろうが、「たいしたことじゃねーから」みたいな調子で済ませてる。正直、好きなタイプの棋士ではなかったけど、自分の器の小さいところも含めて 赤裸々にさらけ出してるこの本を読んで、かなり親近感がわいてしまった。

あとがきで「俺と大山の真剣勝負に比べたら、中原君・加藤一二三君・米長君なんてチョロイチョロイ」と書いてるのは、さすが。