とりあえずかいてみよう

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古代ローマに探る「英国らしさ」 イーヴリン・ウォー『ヘレナ』

ヘレナ

ヘレナ

 

ウォーと言えば『大転落』や『一握の塵』などでドギツい風刺とブラックユーモアに満ちた、いかにもな「英国の小説家」というイメージが強い。そこへきてこ の作品だが、コンスタンティヌス大帝の母でキリストが磔刑に処された十字架を発見した、ヘレナという女性を描いた歴史小説なのである。

随所にウォーらしい 皮肉はちりばめられているものの、全体としては穏やかに筆が進んでいく。あまりに穏やか過ぎて、波乱のローマ混迷の時代であることを忘れてしまうくらい に。それでもウォーは序文で「この物語は歴史小説である」と宣言しているのだが、 そこにこの作品の本質があるのではなかろうか。

そもそもヘレナという女性は出身地に諸説あるそうで、イングランドの生まれだという説はたぶんイングランド 人くらいしか信じてないような感じ。それでもウォーがヘレナをイングランド人として描き、聖遺物を発見した過程を描く「歴史小説」なのだと主張していると ころに、英国人でありながらカトリック教徒たるウォーの側面が強く出ているのだろう。

これは代表作『ブライヅヘッドふたたび』にて、失われてしまった「古き良き英国」へ の哀切を滔々と述べる心情とシンクロしているように思われる。

結局、ウォーは戦後において、「英国のアイデンティティ」を再発見することがテーマだったのだと思う。それはカトリックの持つ普遍性とも重ねあわされているのだろう。それが、古代ローマを舞台にした小説にも色濃く出ているところに、先述したのとは別な意味での「ウォーらしさ」を感じるのだった。

というわけで私にとっては、図書館で借りて読んだこの本を改めて買いなおして自分の手元に置きたいくらい気に入ったのだけど、この本からウォーに入ろうという人がいれば、それは引き留めておきたい。何しろ、小説としては盛り上がりのまったくない内容なので。よく言えば静謐としている、とも形容できようが……。まあ、最低限、『大転落』と『ブライヅヘッドふたたび』は読んでおかないと、この作品が書かれた意味が分かりにくのではあるまいか。