とりあえずかいてみよう

読書とか映画とか音楽のことを書きます。書かない日もあります。でも書こうと思ってます。

奇妙な名探偵・クルック弁護士の内面を描く アントニー・ギルバート『灯火管制』

灯火管制 (論創海外ミステリ)

灯火管制 (論創海外ミステリ)

 

弁護士アーサー・クルック氏の住むフラットで隣人が突如、消息不明になる。行方を追い、彼の叔母の家を訪ねる氏だったが、同じころフラットの別室では女性の死体が発見され……。
序盤はやや迂遠な展開で、設定が頭に入りにくい。しかしクセのある人物が立て続けに登場し、茫洋かつ錯綜した人間関係の中に、ある構図が見え始めるにつれ、謎は吸引力を増して行く。戦時下、灯火管制中のロンドンという舞台設定は、物語に起伏を与えてはいないものの、重要な意味を果たしていることも納得できるだろう。伏線の妙が味わえる犯人当てミステリの佳品。
男性名を名乗ってはいるが、作者はクリスティやセイヤーズと同時代に英国で活躍した女流探偵小説家である。本作にも登場するクルック弁護士シリーズを中心に70以上の長編を遺しているが、邦訳は本書が4冊目である、といった事情は三門優祐氏の解説に詳しい。シリーズの特色も、それまでの邦訳3冊を中心に分かりやすく紹介されている。馴染みの薄い作家&探偵であろうことから、初読の方には先に三門氏の解説を読むことをお勧めしたい。かくいう私も十年以上前に読んだ『薪小屋の秘密』以来の出会いだったので、大いに参考になりました。

今年度の翻訳ミステリの最大の収穫のひとつ ジョン・コラピント『無実』

無実 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

無実 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

小説として描かれる犯罪の悪辣さにここまで憤りを感じ、そして読者の無力さを味わったのは稀有の体験だ。
唾棄すべき存在としての犯人。彼の狡猾な知恵と無慈悲な偶然により進行する破滅への序曲。彼の奏でる笛の音に踊らされる二人の男女には、愚かしさへのいら立ち以上に、人の心理の脆さと危うさに感じ入る他ない。
「家族の絆と愛情」が、この作品ではあまりにも無情に嘲笑される。だからこそ、その重要性を噛みしめることにもつながるのだが。全米で激論を生じさせた問題作ということが納得の読後感だ。読もうとするなら、十分な覚悟を持つべきだろう
10代の少女の瑞々しい美しさに魅かれる中年男性。それはアメリカに限らず、日本でも数多く存在するはずだ。いやむしろ日本の方が低年齢層の少女の性商品化が激しく進んでいる。なればこそ、この作品で描かれる、抑制されつつも淫猥なエロスの描写に対し、読者が何を思うか、何を感じるかが大きな問題となる。率直に言って私は読んでいる間、不快で仕方なかった。同時に「でも男だから仕方ないよな」とも思ってしまったのも事実だ。
この問題に、答えはあるのだろうか。あるのかもしれない。しかしそれには、個人と社会、双方の倫理を厳しく見つめ直す作業を必要とするだろう。
この作品がもたらす問題意識は、あるいはこの作品を読まずとも十分に認知されていることだとも言える。それを社会は、時には嫌なものに蓋をするように遠ざけ、時には病んだ現代を斬るひとつの術として用いる。
だが、フィクションだからこそ見えてくる真実があるはずだ。それは決して事実ではないにせよ、読者の心に強烈な「体験」を刻み付ける。本書は、そんな体験が約束された類い稀れな一冊だ。
そして、翻訳者・横山啓明が遺した最後の仕事でもある。並々ならぬ気迫が伝わるその訳文も、ぜひ味わってほしい。間違いなく、今年度の翻訳ミステリの最大の収穫のひとつになることだろう。

少年時代に読めばワクワクできたこと間違いなし 江戸川乱歩『幽霊塔』

幽霊塔

幽霊塔

 

乱歩作品の読みこぼしの中でもメジャー級の大作を、宮崎駿の表紙に魅かれてこのバージョンで。
うーん、これは少年時代に読んでおきたかった。大人目線で読むと、どうしてもツッコミどころ(主に「私」の心理や行動)が気になってしまう。絵に描いたような大団円を受け入れるには、少々世間ずれし過ぎてしまったのだろう。
いやもちろん、一個の物語としては完成されていると思いますよ。波乱万丈の怪異譚、というほどには時代を感じさせる牧歌性もまた微笑ましいのですけど。冒頭の駿氏によるマンガは力作で、これだけでも読む価値はあるでしょう。
ところでこの作品は、うるさ型のマニアには語り甲斐のある作品でもあります。もともとが、本国でも幻の作家扱いだった英国のウィリアムスンの『灰色の女』が原作であり、それを黒岩涙香が『幽霊塔』の同題で翻案した際、嘘情報を交えたため作者の正体が100年以上不明だったとか、それを少年時代に無我夢中で読んだ乱歩が、やがてこれをリライトまでしてしまうとか、さらにそれを夢中で読み耽った宮崎駿少年はここから、のちのアニメ映画『ルパン3世 カリオストロの城』のインスピレーションを得るとか。
その辺の事情も踏まえつつ、さらに源流となるコリンズの『白衣の女』までたどり着くの一興かも、というところでしょうか。私が実行するかどうかは定かではありませんが。

現代日本文学史の交通整理としては最適か 佐々木敦『ニッポンの文学』

ニッポンの文学 (講談社現代新書)

ニッポンの文学 (講談社現代新書)

 

日本の文芸批評では周知のように受け入れられている「純文学と大衆文学」という視点から意識的に脱却し、純文学もジャンル小説のひとつであると認識するところから筆者の論は始まる。
70年代末~80年代に活躍した作家の文体論(村上春樹と庄司薫、栗本薫らが用いる「僕」の意味合いの違いに関する考察など、秀逸な分析が多い)や、「冬の時代」を経てジャンル小説として先鋭化していく本格ミステリ論とSF論、さらに90年代・ゼロ年代小説それぞれの読み解き方など、文芸史の交通整理としては極めて分かりやすい内容であり、一読の価値はある。
しかし「踏み込んだ批評」を期待すると、前半はともかくミステリやSFを論じ始めて以降の部分は、表面的なガジェットに注目しがちでそれが如何に社会世相を反映しているのか、といった同時代意識の考察が薄まっているようにも思える。
総じて、全体論としては分かりやすいけど、個別論としては散漫な印象を受けた。新書に贅沢な注文を付け過ぎなのかもしれないが。

危うい世界を垣間見る気持ち 高野ひと深『私の少年 1』

私の少年 : 1 (アクションコミックス)

私の少年 : 1 (アクションコミックス)

 

30歳のOLと12歳の小学生男子の、ふとしたことから始まる交流。大人も子供も、それぞれの世代でしか体験できない悩みや疑問がある。おそらく、幸せの形も。
本来異なる世界に属するはずのそれらが、社会規範を逸脱しかねない危うい関係性の中で交錯し、輝きを生み出す。それを垣間見る読者は、自分もまた共犯者であるかのような屈折した視点に立つことで、他の何物にも代えがたい魅力をこの作品に発見するだろう。悲劇的な結末しか予想できない筋書きなのに、それでも二人の幸せを願ってしまう。そんな二律背反性の先にあるものは、何か。
別に「オネショタ」というジャンルを好むわけではないが、この作品が描く独特の世界、現実の生々しさと設定のファンタジーさ加減が、絶妙のバランスを生み出しており、大変にキケンでアヤシイ魅力満載なのである。というわけでハマる人はハマるでしょう、間違いなく。もちろん、嫌悪感を覚える人がいてもおかしくはないと思います。読むなら自己責任でどうぞ。