とりあえずかいてみよう

読書とか映画とか音楽のことを書きます。書かない日もあります。でも書こうと思ってます。

危うい世界を垣間見る気持ち 高野ひと深『私の少年 1』

私の少年 : 1 (アクションコミックス)

私の少年 : 1 (アクションコミックス)

 

30歳のOLと12歳の小学生男子の、ふとしたことから始まる交流。大人も子供も、それぞれの世代でしか体験できない悩みや疑問がある。おそらく、幸せの形も。
本来異なる世界に属するはずのそれらが、社会規範を逸脱しかねない危うい関係性の中で交錯し、輝きを生み出す。それを垣間見る読者は、自分もまた共犯者であるかのような屈折した視点に立つことで、他の何物にも代えがたい魅力をこの作品に発見するだろう。悲劇的な結末しか予想できない筋書きなのに、それでも二人の幸せを願ってしまう。そんな二律背反性の先にあるものは、何か。
別に「オネショタ」というジャンルを好むわけではないが、この作品が描く独特の世界、現実の生々しさと設定のファンタジーさ加減が、絶妙のバランスを生み出しており、大変にキケンでアヤシイ魅力満載なのである。というわけでハマる人はハマるでしょう、間違いなく。もちろん、嫌悪感を覚える人がいてもおかしくはないと思います。読むなら自己責任でどうぞ。

探偵小説界の巨人の技量と足跡を味わい尽くせる短編集 『江戸川乱歩名作選』

江戸川乱歩名作選 (新潮文庫)

江戸川乱歩名作選 (新潮文庫)

 

乱歩存命中に刊行された文庫本としては唯一、今なお版を重ねるロングセラーとして、さらに乱歩への入門書としても名高い新潮文庫のベスト版『江戸川乱歩傑作選』。その第二冊めを編んでほしいと新潮社から依頼を受けたのが、本書の選者である日下三蔵氏。そのプレッシャーたるや想像もつかないものだったと思うが、結果的に編集者・アンソロジストとしての氏のセンスが如何なく発揮された内容となっている。
冒頭の中編「石榴」(初読)は、探偵小説の骨格を備えていたはずの筋書きが結末で、異様な旋律を奏で始めることで極上の戦慄を生み出す。
同じく初読の「白昼夢」はショートショートというべきボリュームだが、冒頭から結末まで悪夢めいた世界がノスタルジックな情景描写と重ね合わさって、異様な読後感を醸し出している。
他にも「押絵と旅する男」「目羅博士」「陰獣」など、何度読んでも夢中になって読み耽ってしまうその圧倒的な語りの妙を味わい尽くすことができる。
本格探偵小説を愛しながらも、自作の通俗性を低く評価していたことで知られる乱歩だが、彼が遺した蠱惑的で豊饒な物語の沃野は、これから先も多くの読者を魅了し続けることだろう。

ホラーとしてはいまひとつだが、なかなか読ませてくれました 名梁和泉『二階の王』

二階の王

二階の王

 

兄の引きこもりに悩む妹視点と、社会が「悪果」と呼ばれる存在に浸食されていることに気づき、抗おうとする異能者たちの視点。双方が収斂した結果、明らかになる事実とは……。
第22回ホラー大賞優秀賞受賞作であるが、額面通りに読めば怖さはほぼ皆無。しかし大風呂敷を広げた設定と中二病感あふれる表現・描写はなかなかのもの。好みは分かれるだろうが、娯楽小説としては手堅くまとまっていると思います。さらにうがって読むなら、日本社会が抱える病理のひとつは、こういう形で戯画化して表現できますよ、という狙いがあるようにも思える。
その戯画化された世界を、どうせフィクションとして割り切って笑ってお終いにすることはたやすい。しかしそれは、社会の実情から目を背けることにもつながる。その辺の自覚の有無をグロテスクに問うことが、作者の描きたい最大の恐怖なのかもしれない、と感じた。

「ミステリーの女王」ならではの大胆な仕掛け アガサ・クリスティー『予告殺人』

予告殺人 (1976年) (ハヤカワ・ミステリー文庫)

予告殺人 (1976年) (ハヤカワ・ミステリー文庫)

 

再々読。7/16のミス・マープル読書会の課題図書。
真犯人とその行動原理を完全に記憶していた状態で読んだため、作者の企みがよく理解できた。誤導の意地悪さはさすがの手練手管である。一方で霜月蒼氏の『アガサ・クリスティー完全恋略』でのレビューを読み返すと、意外なほどに酷評されていて驚いた。そのロジックは一貫しており、確かに肯ける指摘が多い。無味乾燥な会話は初読時には極めて単調なものに映りかねない。不可解な謎の演出も地味で、あまり目立たない。そうした欠点を確かにはらみつつも、やはり作者の仕掛けを称賛したいと思う。
それにしても数あるマープルものの中からなぜこの作品が課題図書となったのかが気になる。移民の問題などが描かれているため、英国のEU離脱問題と絡めて読むと面白いのかも、などと思ったりした。この辺の話は読書会当日に期待。

関連リンク

hidmak.hatenadiary.jp

素材はいいけど味付けが…… ヴァル・ギールグッド&ホルト・マーヴェル『放送中の死』

放送中の死 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

放送中の死 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

 

ラジオドラマの放送中、被害者役の男が迫真の演技で死ぬ。だがそれは演技ではなかった……というまさに題名通りの内容。英BBCの放送局を舞台に限定された容疑者から犯人を特定するという、パズラーとしてはなかなかの純度の高さ、なのだが。
ともにBBC関係者であった合作者二人は、専門の作家でないせいかどうも説明が持って回っており、いまいち物語の状況がつかみにくい。放送局の構造の分かりにくさや真犯人の動機の弱さなど、気になる部分は他にもある。読みどころは、そのモダンな設定と、犯人指摘から探偵の全容解説の流れくらいです。
前回に続いて翻訳者・横山啓明さんの追悼読書でしたが、うーん、いささか訳が来慣れてない感じ。特に真相に関わるある部分の訳が。上手く表現しにくかったのかもしれませんが……。